【未来への伝言】荻田伍・アサヒグループホールディングス相談役(1) (2/3ページ)

2014.5.12 05:00

 《本社宣伝部から営業最前線へ》

 65年に入社して、最初の3年だけ東京・京橋にあった本社の宣伝課に勤務する。しかし、68年に東京支店三多摩営業所に異動になると、「もう二度と本社の“インテリジェントな仕事”には戻らなかった。ずっと、営業現場一筋。しかも、赴任地は他社が強い東日本地域が多かったのです」

 「『お前はダメだ。なっていない』。上司や先輩から、毎日こう言われました。成績が振るわないからです。当時、当社にとっては厳しい環境でありましたが、得意先の懐に飛び込み信頼される営業活動ができていなかったのでしょう」

 アサヒは68年、大台だったシェア20%を割り込んでしまう。逆に、ライバルのキリンビールは66年にシェア5割を超え、72年には6割を突破していく。ビール市場は毎年拡大していくが、家庭用に強いキリンが大きく伸び、西日本を中心に業務用が強かったアサヒは後退していく。ちなみに、連合国軍総司令部(GHQ)による過度経済力集中排除法で49年に大日本ビールは、東日本中心のサッポロビールと西日本のアサヒビールに分割された歴史がある。

 《厳しく鍛えられた20代》

 「課長になるまでに4人の上司に仕えましたが、うち3人は厳しい方でした。同様に、得意先である卸の幹部から叱咤激励を受けました。当初、グウタラな営業マンだった私は、社内外で本当に鍛えられるのです。報告の仕方から、飲食時の箸の上げ下ろしまで、社会人としての基本を徹底してたたき込まれる。『嘘はつくな』『約束は守れ』『キチンと挨拶をしろ』などと、言われ続けたのです。しかし、20代で厳しく鍛えられたことで、私は営業マンとしても人間としても成長することができた、と今は思っています。営業にとって大切なのは、相手との信頼関係の構築です。営業マンは会社を代表して売り込むのですが、個人としても信頼がなければ、信用されません」

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