【企業スポーツと経営】土屋ホーム スキー部(上) (2/3ページ)

2014.6.16 05:00

土屋ホームスキー部に移籍直後、地元の札幌で開かれたワールドカップで3位に入った葛西紀明選手=2002年1月

土屋ホームスキー部に移籍直後、地元の札幌で開かれたワールドカップで3位に入った葛西紀明選手=2002年1月【拡大】

  • ソチ五輪で銀メダル、銅メダルを獲得して帰国報告会に臨む葛西紀明選手(右)と伊藤有希選手(左)=土屋ホーム本社

 ◆「自腹でも維持」の覚悟

 北海道で屈指の注文住宅メーカーの土屋ホームは、現在の持ち株会社の土屋ホールディングスの土屋公三会長が1969年に創業した。高断熱、高気密に加え省エネルギーを実現した注文住宅は、厳しい気候条件の北海道でも快適に過ごせることで受注を伸ばし、建設大臣賞(当時)なども受賞した。現在は全国展開している。

 2001年、「60歳となり会社経営を若い人材に譲りたい」と、当時の土屋社長から後継社長として指名されたのが、現副会長でスキー部総監督を務める川本謙氏だった。

 当時、土屋ホームは北海道の注文住宅の受注件数がナンバーワンを十数年続けていた。

 「バブル崩壊したといえ、北海道経済は、まだまだ景気は堅調でした。住宅産業も公共投資とともに、低金利政策で恩恵を受け、受注も順調でした」と川本氏は振り返る。

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 社長に就任したばかりの川本氏は、札幌スキー連盟幹部から「北海道のスキーを存続させ、地域に貢献するためにも、世界のジャンパーである葛西選手が所属するスキー部を創部してほしい」と依頼された。

 当時の土屋ホームの規模ではまだスポーツクラブを持つのは難しいと断ったが、それでも是非にと頼まれ、川本氏は土屋会長に相談。土屋氏は「スポーツクラブを維持するには相当な覚悟がいるが、社長としてやれるならやりなさい」と背中を押した。ただ、土屋氏は「クラブを立ち上げたなら、経営が悪いからと簡単にやめるな。自分の給料を半減するくらいの覚悟で続けるように」と迫ったという。

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