新時代にグローバルな展開を目指す会社の期待を背負った女子柔道部だったが、すぐに結果が出たわけではない。95年の世界選手権。日本開催で期待の恵本裕子選手があえなく1回戦で敗退。それも開始わずか11秒での一本負けだった。雪辱は翌年の96年アトランタ五輪だった。強豪ばかりで組み合わせが厳しく、副団長だった柳澤監督も「ダメかもしれない」と思ったほどだが、本人は「この枠で勝ち上がれば優勝ですよ」とあっけらかんとしていた。
◆情報収集と分析が重要
1回戦の相手はロシアの選手。恵本裕子選手は冷静だった。事前にビデオで研究し「これは攻め続ければ勝てる」と作戦を決めた。その通りに攻めに攻めて1回戦を優勢勝ち。とんとん拍子に優勝候補を破って、宣言通り金メダルを獲得した。
2008年の北京五輪で2連覇を飾った上野雅恵選手も、事前のビデオ研究や試合会場での相手選手の観察などを怠りなく行って勝利につなげた。柳澤監督によると、上野選手は出場する23選手全員の特徴などをすべて分析した一覧表を作成し、「私が一番強いと思います」と宣言した。決勝戦は相手の分析から「足技で倒して抑え込む」作戦を立て、その通りに相手を下した。
柳澤監督は「今は世界のどの選手もビデオなどで研究しているから、その上をいく新しい技も身につけなければならない。情報収集と分析は、自分で情報を集め、リポートを作成し考えることが重要」と言う。