8年の間にマリで起きている変化は、担当者にとってさぞかし感慨深いものだろう。「まさにこれが『井戸端会議』で、村にできた井戸の周りにしっかりとコミュニティが広がっているんです。ただ井戸を作るだけでなく、社会の仕組みに少しでも携わることで貢献できていると思います」
ボルヴィックが支援を継続することで、教育を受けられるようになった子どもたちが次第に夢を語るまでになったという。「中には『将来は外国で働きたい』という子どももいます。そのうち日本のマリ大使館に駐在して、なんてことになったら嬉しいですね」と語る木村氏の表情は笑顔だが、目の奥には強い希望と熱意がハッキリと感じられた。
《これまでの苦労と、活動を広める大切さ》
今年で9年目を迎えた「1L for 10L」だが、これまでに苦労もあったはずだ。木村氏はこう振り返る。
「やはり比較的安全な場所と、活動するには危険な場所があります。もともと北部は治安が不安定でしたが、2012年に発生した紛争の影響でたくさんの井戸が壊されてしまいました。もちろんみんなが待っているので早く直しに行きたいのですが、現地に向かうにはさらに危険な状況があり、やむなく後回しにしている地域があります」
さらに悩みは続く。「ユニセフ側と『新しい井戸を作ったほうがいいのか、それとも修理したほうがより多くの人をカバーできるのか』などと協議を重ねる一方、『新しい井戸は作らないのですか。新しく作る井戸の数が減っていますね』などと周囲からご指摘を受けると、修復活動も行っていることがうまく伝えられていないもどかしさがあります」と苦しい胸の内を明かす。ただ、「最終的に『水を生む』ということは間違っていないので、できることを着実にやるだけです」と一本筋が通った信念が揺らぐことはない。
だからこそ、世界の水問題や支援活動を少しでも多くの日本人に知ってもらうために、認知拡大や理解向上に向けた啓発活動に力を入れている。
「これまでキリンの社員がマリの厳しい現状を現地で確認し、井戸ができたところでは、マリの人と言葉を交わすことで知識を積み重ねてきました。現地での経験を元にフェイスブックなどで情報を発信しています」
さらにボルヴィックはNPO法人と共同で、子どもたちに世界の水問題に関心を持ってもらうために「お水の教室」を展開している。出張授業のほか、2011年からは独自の教材を開発して小学校に配り、道徳などの授業で活用してもらっているそうだ。
授業の対象は主に小学3~6年生で、プログラムは(1)ろ過実験を通して、水が大地にろ過され、その地下水を汲み上げて使用するという仕組みを教える(2)日本とマリの水と暮らしの比較(3)身近にある水問題を考える、の3部構成だ。
木村氏は「お水の教室」にかなりの手応えを感じているという。「水の問題は子どもに分かりづらいプログラムかなと心配していましたが、実は大人よりも純粋に理解してくれるんです」と語る。
「例えば『日本人は1人250リットルの水を使って生活しているが、マリの人は一日にわずか20リットルしか使えない』と教えます。すると子どもは、マリに行って何かをしたいというよりも、『じゃ、いま自分が無駄に使っている水を節約しよう』など身近なところから行動に移してくれるんです」