小林陽太郎氏(2002年撮影)【拡大】
元富士ゼロックス社長、会長で経済同友会の代表幹事も務めた小林陽太郎(こばやし・ようたろう)氏が5日午後5時26分、左慢性膿胸(のうきょう)のため、東京都内の病院で死去した。82歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行い、後日、お別れの会を開く。
慶大経卒。米国への留学を経て、昭和33年に富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)に入社。38年に富士ゼロックスに転じ、53年の社長就任後は企業の社会的責任の重要性を訴えるなど、利益偏重の経営とは一線を画した。
平成4年同社会長に就き、11年に経済同友会代表幹事に就任。社会と企業の調和を目指す「21世紀宣言」を発表したほか、各国の政財界要人が集まる世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の共同議長も務めた。産経新聞正論メンバーとしても活躍した。
21年に富士ゼロックス相談役最高顧問を退き、財界が中心となって設立した国際大学(新潟県南魚沼市)の理事長として国際感覚に優れた人材の育成に取り組んでいた。