昭和初期、桑名市を走る桑名電軌。生家はこの通りの近くにあった(桑名市中央図書館提供)【拡大】
父のおかげで、足腰の強さは今も自慢です。ハイヒールを履いても男の人たちを振り切って歩き回っていますから。みなさん、「なにか怒っているんですか」って言われるくらい。今夏、屋久島縦走もしてきましたが、年下の男の人たちは誰もついて来られませんでした。
◆母から受け継いだ歌
もう1つは歌。母、美鶴から受け継いだ歌です。生後しばらく、私は言葉が遅いと心配されていたようですが、それが1歳を過ぎた頃、突然に話し始め、よく聞いてみると、それは歌だったそうです。母やラジオが歌っていたのを、そのままメロディー付きでおぼえたのだろうと思います。そのなかに、こんな歌までありました。
「お背戸の親なし はね釣瓶(つるべ) 海山千里に 風が吹く 蜀黍(もろこし)畑も 日が暮れた 鶏さがしに 往かないか」
誰に聞いても誰も知らない変な歌。ごく最近、専門家の人に教えられ、野口雨情の「蜀黍畑」だと分かりました。この宇宙観とでもいう詩とメロディーにひかれて、ずーっと一人で口ずさんできました。