
三菱自動車本社のショールーム=4月22日、東京都港区(早坂洋祐撮影)【拡大】
ブランドの失墜で業績が悪化する中、02年に当時の筆頭株主の独ダイムラー・クライスラーからロルフ・エクロート氏が社長に就任した。三菱グループ外から初の社長だったが、経営を立て直せず、ダイムラーが04年に資本提携を解消したことで退任している。その後、再びリコール隠しが明らかになり経営危機に陥った。
これに対し、三菱重工、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の「御三家」を中心とする三菱グループが、三菱自の優先株を引き受けるなど支援。再生への陣頭指揮を執る社長に05年に就任したのが、三菱商事出身の益子氏だ。
益子氏は経費削減や海外事業の強化で業績を回復し、14年には優先株の大半を消却した。一方で、リコール隠しをめぐり、元役員に損害賠償を求めるなど不正を断ち切る姿勢を見せていた。14年のインタビューでは、「経営者の対応が一番の問題だった」と語っている。