東京23区内で唯一の酒蔵が廃業へ 140年の歴史に幕 増収でも生き残れぬ業界の苦境 (2/4ページ)

 ピークの1990年9月期には売上高3億5000万円を計上していた。全国展開する大手メーカーとは比べるべくもないが「東京の地酒」として確固たる地位を築いてきた。

 その後、日本酒の需要減やワイン、焼酎など多様なブームに押され、同社の売上高は徐々に低下していった。

 2011年9月期は売上高1億7400万円。ピーク時から半減した。この間、2002年に敷地内の酒蔵、工場を新築移転。空いたスペースに9階建ての賃貸マンションを建設し、不動産賃貸業を併営しながら経営を維持してきた。23区内の好立地に約6000平方メートルの広大な敷地を持つ同社だったからこそできた事だった。

◆近年は増収が続いていたが

 売上高は1億7400万円を底に、2012年9月期から2016年同期まで5期連続で増収を果たした。背景には「23区に残る唯一の酒蔵」として、テレビや雑誌などメディアへの露出機会が増え、注目を集めた事がある。

 また、オンライン販売で都内近郊だけでなく全国販売も可能になった。収益面ではマンション賃貸が寄与し、毎期黒字を確保していた。オリンピック・パラリンピックの開催決定で「東京」ブランドがクローズアップされ、追い風となるはずだった。

「遠縁」の酒造会社が引き継ぐ方向