バブル経済下では引きの強かった高級外車や高級時計などの需要も急減。ジュエリー市場でも、高級品はもとより、一般的な商品の売れ行きも大きく鈍った。ジュエリーが活躍する結婚式やパーティーも総じて地味なものにシフト。当然のことながら、一大生産地である甲府の宝飾加工産業も冷え込んだ。これまで通りに石を調達しても、甲府にはそれらに対する購買需要がなくなった。
「これまでのように原石の輸入販売だけでは企業として存続できない。自ら商品を開発し、新たな市場を創出しなければ…」
同社のメーカーとしての挑戦は、ここから始まったのだった。
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他社と差別化 独自カットで特許取得
◆存続かけた商品開発
土橋氏は、自らジュエリーの研究開発に乗り出した。特に留意したのは差別化だ。他社がやっていないこと、新しいものを作らねばならなかった。そうしなければ、創業以来原石を購入してもらってきた顧客と競合してしまう上、市場で価格競争に巻き込まれてしまう。企業の存続をかけた商品開発。期間は3年にも及んだ。
それでもあきらめなかった。「成功するまであきらめなければ失敗にはならない。あきらめたら、その時に失敗になる」
こうして1999年、同社は独自に発明した46面体カット「クロスフォーカット」を実用化した。2001年には国内業界初の特許も取得している。
これについては、あえて国内業界初とうたう必要がある。実は、95年に海外企業がカットで特許を取得した。土橋氏はこの事例でカットが特許になることを知ったのだという。
「それならば、自分で独自のカットを考えよう」