しかし、学校教育の中で行われているスポーツとは、そもそも学校の宣伝道具でもなければ、プロスポーツ選手の育成でもない。勝利至上主義は、学校経営者を含めた生徒や学生を指導する大人の思惑でしかない。
結果として、スポーツの目的は勝つことだけに集約され、パワーハラスメントや暴力も生まれてしまう。昔の“スポ根ドラマ”のような世界どころか、今ではそれが指導者の願望の押し付けにしか見えないのは、私だけであろうか。
平昌五輪でカーリング日本代表として初めてメダルを獲得したLS北見の代表、本橋麻里さんは、自身が出場したバンクーバー五輪後に故郷の北海道・北見でチームを設立しているが、その時、メディア取材に次のように答えている。「以前のチームでは、勝利が義務付けられていて、カーリングを楽しむ余裕はありませんでした。故郷に帰ってきて、カーリングが好き、楽しいという気持ちを高めていく時間だな、と考えています」。本橋さんは、バンクーバー五輪で対戦したスウェーデンの選手たちが、本当に生き生きとカーリングを楽しんでいる姿に接して、衝撃を受けたという。勝利に支配されることは、スポーツの楽しさを奪うのである。
別の価値導く必要
スポーツ庁の鈴木大地長官は昨年6月に「わが国のスポーツ・インテグリティの確保のために」というメッセージを発表した。頻発したスポーツ界における暴力やパワハラの要因として、勝利至上主義、行き過ぎた上意下達や集団主義、科学的合理性の軽視を挙げて、スポーツ界に内包された悪しき体質とまで言っている。