高論卓説

商業主義横行、オリンピック 「平和の祭典」再認識を (1/2ページ)

 1959年にスポーツに関する初めての法律が、「スポーツ振興法」として制定された。64年のオリンピックを迎えることから、法治国家としての体裁を整え、スポーツの普及に力を注ぐ国の決意とアマチュア競技者とプロフェッショナルの明確な線引きの指針であった。

 当時、アマチュアイズムが崇高な理想とされ、金銭の授受が競技者には認められていなかった。アマチュアの祭典こそがオリンピックであると称賛されていた。だが、国際オリンピック委員会(IOC)は、テレビ放映権料やスポンサー契約金を値上げするために、「オリンピックは世界で最もレベルの高い競技大会」であるとし、アマとプロの垣根を取り払って久しい。

 体操競技の昨年までの日本のエースだった内村航平選手、インタビューを受けるユニホームには大きく2社の社名が入っていた。内村選手はプロであるからだ。新しい「スポーツ基本法」は、前文1行目に「スポーツは世界人類共通の文化である」と書き、「する、見る、支える」の3本柱からなる。で、プロとアマの区別がなくなった。IOCの姿勢を受け入れ、高齢者や障害者を含め、全ての人がスポーツを楽しむ権利を有するとも記す。

 プロ・アマの区別がなくなった影響は、多方面にわたる。各企業は名だたるスター競技者と広告塔としてプロ契約を結ぶ。競技を大学卒業後も続けたい選手は、理解ある企業に入社する。企業が一流競技者のスカウトに熱心なのは、オリンピックや世界選手権大会などで活躍してくれれば、イメージアップにつながり自社の株価が上昇するからだという。

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