「横澤Pに『1週間だけ』といわれて出たんだけど、結局5年もやらされた。タモリさんはいたずら好きで、放送中にトラブルがあると、すぐに『ブッチャーいる?』って僕を呼ぶ。『え、ゴルフ?あいつ今日ゴルフ行ってるの?』なんてバラされたりね」
半年で終わるはずの番組は32年も続いた。その理由について、「タモリさんが、極めて優秀なコンダクター(指揮者)だったことが大きい。変幻自在にあらゆる場や相手に合わせて、面白さを引っ張り出す。しかも、博識だから、話を意外なところに落とし込むことができる」と分析する。
62年に番組を離れたが、その後も機会があればスタジオ・アルタのタモリさんの楽屋を訪ねるなど、交流は続いている。
「本来、寿命が短いバラエティー番組がここまで続いたのは、タモリさんの努力のおかげで、私もうれしい。とにかくお疲れさまでした」と語った。