吉田氏「19年当時、あまり地震・津波に対して関心が高いということはなかったんです。会社全体としてもそうですし、世間全体としてもそうだったんです。一番大きかったのは(19年7月の)中越沖地震があって、想定している地震動の何倍という地震がきた。これはまさに私どもの原子力設備管理部で対応しないといけなかった。その中でまず、福島第1原発について、近辺の断層をもう一度調査するということを一生懸命したということです」
--それが19年7月ですね
吉田氏「今まで考えていた地震動より大きい地震が来るとすると、例えば、建物や配管とか機器の補強をしなければいけないということになりますから、そちらの解析を重点的にやりましょうと。20年の途中から、随伴事象としての津波の話をきちっと評価していく必要があるという話が出てきたというのが私の記憶です」
--東電の土木グループが土木学会の先生方に話を聞く中で、福島で10メートルを超える津波の想定値が出てきた
吉田氏「私の考え方からいうと、津波自体は、国とか地方自治体がどうするんですかという話とも絡んでくるでしょう。東電だけがこれを対応してもしようがない。発電所を守るという意味では当然必要なんですけれども、オールジャパンで、今の対策ではまずいという話をした記憶があります」