この間、多くの企業が青色LED開発にしのぎを削ったが、そのほとんどはセレン化亜鉛を使う道を選んだ。窒化ガリウムを選んだ研究者もほとんどが最終的には会社の意思によって戦線から離脱してしまった。
技術経営が専門の山口栄一・京都大教授は、2003年に週刊東洋経済に連載したリポート「『巨人』たちの敗北」で青色LEDの開発史を当事者の証言によって描き出した。そこから読み取れるのは、大組織には既存の学問のパラダイムを破壊するようなイノベーションは起こし得ないという教訓だ。
実は現場の研究者の多くは、窒化ガリウムに「筋のよさ」があることを感じ取っていた。だが、それを合理的に説明して上司を動かすのは難しい。既存の学問の知見に委ねる限り、セレン化亜鉛を選ぶのが当たり前の判断だったからだ。
中村氏が青色LEDの研究をしていた日亜化学工業は当時、社員200人程度の企業だった。その創業者である小川信雄氏に直訴することで、中村氏は米国留学の機会と5億円の研究費を獲得した。大企業と同じことをしていても勝負にならないという中村氏の主張に、オーナー経営者が共鳴した結果だ。