■松川理事長「新しいことを求め続ける視点で」
同大のルーツは、東京・浅草にあった東京商工学校。その後、聖橋学園に発展し、62年に聖橋工業高等専門学校として現在地に開学した。さまざまな状況によって窮状に陥り、創立者の松川文豪氏が73年に経営を引き継ぎ、学園名を「聖橋学園」から「智香寺学園」と改称。76年に四年制の私立単科大学として新たなスタートを切った。
記念式典であいさつした同学園の松川聖業理事長は「松川文豪先生にとって、埼玉工業大学はまさに自分の信じた道を多くの人に伝える場。同時に科学の探求や技術の発展という知恵の実践にもなる。聖橋学園の救済と教育事業である社会貢献という慈悲の実現である」と、松川文豪氏の建学への思いを語った。
また、同大が開学した当時と現在では、日本や世界を取り巻く状況が大きく変わっており、グローバル化の進展によって従来とは違う変革も求められていることから「とかくわれわれは、変わらないこと、現状維持を求めがちだが、それでは社会はよくならないし、自分自身も成長できない。他人がやらないことをする、あえて困難に立ち向かう、新しいことを求め続ける、そういう視点こそが自分自身の成長になる。埼玉工業大学は、そんなチャレンジ精神をもった人材、変わることを恐れない人材、新しい価値を世の中に提供できる人材、そういう人材を輩出していきたい」と話した。