介護度が軽い「要支援」への家事援助 自治体が住民ヘルパー育成

 
武蔵野市認定ヘルパーの岡崎千加子さん(右)。研修に参加したことが、介護の仕事をしたいと思うきっかけになった=東京都武蔵野市

 介護度が軽い、介護保険の「要支援」の人を対象に、自治体の裁量によるサービス提供(総合事業)が始まっている。住民など多様な支え手を呼び込んで人材を確保し、同時に介護財政の膨張を防ぐのが狙い。平成27年度の介護制度改革で導入が決まった。だが、自治体によって進捗(しんちょく)状況はまちまちだ。特に1対1のサービスである「訪問介護」をどう整えるかは悩みどころ。いち早くサービスを実施した東京都武蔵野市を訪ねた。(佐藤好美)

 東京都武蔵野市の岡崎千加子さん(60)は週1回、「武蔵野市認定ヘルパー」として、1人暮らしの女性(83)宅に家事援助に入る。

 女性は3月下旬、圧迫骨折で入院。以来、体をひねると腰が痛む。いすに座って掃除機をかけていることを知った親族が市に相談。岡崎さんが家事援助に入るようになった。寝室、居室、トイレや風呂など水回りの掃除を45分間で行う。

 「認定ヘルパー」は、介護資格のない住民が訪問し、要支援の人などに家事援助をする武蔵野市独自の仕組み。昨年、総合事業をスタートしたのを機に整えた。以前なら介護職が訪問介護で提供していたサービスだ。

 女性が利用した家事援助のサービス料は1回当たり2千円で、利用料の本人負担は所得によって1~2割。岡崎さんには、事業を実施する武蔵野市福祉公社から、1回当たり1100円程度が支払われる。

 女性は「部屋の隅まできれいになる。来ていただいて助かっています」と話す。

 岡崎さんは市の養成研修を受講して認定ヘルパーになった。実習を含む4日間で介護保険制度や老化について学び、認知症の人とのコミュニケーションを演習。清掃・洗濯・調理に関する講義を受けた。

 それまでは、ヘルパーの仕事を「大変できつい仕事ばかり」だと思っていた。だが、イメージが変わった。「主婦として普通にできる仕事もある。肩に力を入れず、少しでもお役に立てれば、と思う」。仕事を始めたら、もう少し勉強しよう、と思うようになった。今は福祉公社で「初任者研修」を受講する。初任者研修は介護職になる“はじめの一歩”。修了すると、一般の訪問介護もできる。そこまでするかどうかは未定だが、知識は多いほどいいと思う。「利用者さんが待っていてくれるから、行こうと思う。お互いに喜び合う気持ちのつながりができたことが大きい」と話している。

 ■講習実施で質を確保 介護人材の確保が狙い

 全国の市区町村は平成29年4月までに、介護度が低い「要支援」の人向けの訪問介護と通所介護のサービスを、国の統一基準によるこれまでの運営から、各市区町村の裁量が認められる「総合事業」に移行する。

 一般の訪問介護では、介護資格のない人が出向くことはない。だが、総合事業に移行すると、武蔵野市のように自治体独自の資格を持つ人が訪問して家事を行ったり、住民ボランティアが買い物を担ったりできる。制限はあるが報酬や利用料も自治体が決められる。

 総合事業への移行前、武蔵野市は要支援の人を対象にした訪問介護の内容を調べた。多かったのは、掃除(72%)、買い物(15%)、調理(6%)で9割以上が「家事援助」。おむつ交換や入浴介助など、体に直接触れるため専門スキルが必要な「身体介護」は5%以下だった。

 同市は、介護福祉士などの高度な専門資格がなくても提供できるサービスが多いと判断。認定ヘルパー育成に踏み切った。健康福祉部の笹井肇部長は「総合事業に移行しても質の確保は必須。きっちり講習を行うことで、未経験の主婦や定年退職した人も担い手になれるし、ボランティアではなく、『仕事』として家事援助を担える。実施主体となる福祉公社などには、『仕事』に見合う賃金を出すようお願いしている」とする。

 同市が人材育成の核にするのは、高齢者の生きがい就労を目的とする「シルバー人材センター」のスタッフ。福祉公社所属スタッフと合計で、57人がサービス提供できる態勢を整えた。

 とはいえ、この人数で要支援の人全員を訪問できるわけではない。専門職による訪問も総合事業には残る。サービス提供前に、利用者の状態を把握し、身体介護が必要な人や意思疎通の困難な人には、これまで通り専門職が出向く。認定ヘルパーによるサービスは、家事援助を必要とする人に徐々に広げていく方針。課題は、養成研修修了者のヘルパーとしての“歩留まり”。昨年は修了者のうち、ヘルパー登録しなかった人が14人に上った。

 総合事業開始後、武蔵野市には全国から見学が絶えず、職員が講演に出向くことも。総合事業を推進する国は「住民主体の町づくり」と声をかけるが、どう住民の力を借りるか、自治体の悩みは深い。

 武蔵野市は、総合事業に将来の介護人材確保の狙いも込める。市内の訪問介護事業所に所属するヘルパーは昨年8月時点で1038人。試算では平成37年には1359人が必要だ。労働人口が減る中でヘルパーを10年以内に少なくとも320人以上増やさなければならない。同市は今後毎年、認定ヘルパー20人、初任者研修による介護職20~25人の育成を目指す。

 笹井部長は「認定ヘルパーが家事援助を担うようになれば、介護福祉士など専門性の高い介護職は、要介護度の重い人の身体介護にシフトできる。介護職を確保できなければ、今後のサービスは維持できない」と危機感を募らせている。

【用語解説】総合事業

 要介護度の軽い「要支援」の人や、身体機能が低下し、介護が必要になりそうな人のための新しいサービス。正式名称は「介護予防・日常生活支援総合事業」。NPO法人やボランティアによるサロンの運営、住民による家事援助やゴミ出し、買い物代行、専門職が関与するリハビリ・栄養教室などを、自治体が地域の実情に応じて整える。費用は要介護サービスと同じように公費や介護保険料でまかなわれる。新たな担い手の確保と、基準緩和したサービスの提供で介護費の膨張を抑制することが期待されている。