けれど、やめようとは一寸たりとも思えなかった。何十年もかかって、やっと「小説を書くこと」を始めたのだ。何を失っても、これだけは私の人生から手放したくなかった。
ちょうど去年の暮れのことだ。夫が宝くじのCMを見て「そろそろ、うちも買わんとあかんなあ」と言い出した。
「そやね。明日、出掛けるんでしょ。買っといてよ」
「あんたが買いぃや。行き当たりばったりのわりには、運はあるやん」
「やめて。へたに当たったらどうすんの。私、そこで運を使いたくないねん」
「けど7億やで、7億。使いごたえ、あるで」
「あかん、あかん」
すると夫は私に向き直り、両の拳を差し出した。
「右は7億が当たる運、で、左は作家としての才能。どっちか当たるとしたら、どっちにする?」