故郷をイメージさせる街を描く。「よく知っている、という絶対的なものがどこかにないと、書いていてフワフワしちゃう」と山下澄人さん【拡大】
時系列をシャッフルし、人称も頻繁に入れ替える自由な作風をもつ作家、山下澄人(すみと)さん(48)。今月刊行した新作『コルバトントリ』(文芸春秋)では持ち前の叙述スタイルで、生と死の様相をイメージ豊かに描いている。
「チェーホフに『曠野(こうや)』という好きな小説がある。物語がなくて、乗合馬車に乗った少年の目に入ってくるものをただ追うだけ。当時の大作家が読んで、『ここから話が始まるんだよね?』と言ったらしいんだけど(笑)。そういう小説を書いてみたい、と思って」
自身の生まれ故郷である神戸を想起させる雑多な街を舞台に、語り手の「ぼく」に去来する記憶がスナップショットのように繰り出されていく。「ぼく」の父と母、知り合いのおじさん、駅で会った中学生、餌をやっていた野良猫…など手触りのある情景描写を交え、いくつもの死が語られる。浮かび上がるのは、人間と動物、生と死といったあらゆる境界が不分明な世界だ。
「人がいま考える前提にしていることはフィクションでしかない。だって何百年前は全然違ったでしょ?って。だから、自分は(小説で)違う嘘っぱちをでっち上げたい。それくらいのもんがないと、書いてて面白くないから」