作家の津村節子さん(85)が、東日本大震災の爪痕が残る岩手県の田野畑村に足を運び、私小説『三陸の海』(講談社)を書き上げた。太平洋にそびえ立つ鵜の巣断崖の絶景で知られる村は、夫の吉村昭さんの出世作『星への旅』(昭和41年)の舞台にした特別な場所。村と夫婦のかかわりを見つめ直した執筆の日々を、「これほど多くのことを私たちに刻みつけていたのかと感慨深かった」と振り返る。(海老沢類)
長崎市内の史料館で行われた吉村昭コーナーの開設セレモニーに出席していた「私」に、震災の一報が入る。大津波に襲われた三陸地方は新婚当初に行商に出た思い出の地。なかでも人口4千人ほどの田野畑村には吉村の文学碑があり、家族でたびたび訪れていた。夫が生きていたら、津波に襲われた三陸の姿を見てどんなに悲しんだだろう-。懐かしい記憶を胸に「私」は震災の翌年、田野畑村へ向かう…。