辺地医療を志して移住してきた医師、大資本に頼らずに住みやすい土地を目指した村長…。豊富な挿話から、村で暮らす人々の温かさが浮かび上がる。仮設住宅で暮らす村民を訪ねる場面は象徴的だ。不自由な生活に耐える住民の順応性に驚く「私」に、ある村民は〈そう決めたんです。もういいや、って〉と笑いかける。「誰も恨みごとや愚痴を言わない。みんな多くを望まず、慎ましやかに暮らすことに慣れているんですね」
本作の刊行前、作中にも登場する前村長の早野仙平さんの訃報が入った。「吉村が村を訪れたのは、そこに暮らしている人々の穏やかさにひかれたからでもある。早野さんにも、この本を読んでもらいたかった」
【プロフィル】津村節子
つむら・せつこ 昭和3年、福井市生まれ。学習院短期大学国文科卒。28年に吉村昭さん(平成18年に死去)と結婚。39年に「さい果て」で新潮社同人雑誌賞、40年に「玩具」で芥川賞、平成2年に『流星雨』で女流文学賞。23年には「異郷」で川端康成文学賞、『紅梅』で菊池寛賞を受賞した。ほかの著書に『智恵子飛ぶ』(芸術選奨文部大臣賞)『遍路みち』など。