「連載は下準備に10年をかけることもあるのに、今回はいきなりだったんです」と津村さん。村への被災見舞いが実現したのは一昨年の6月。そのときの情景も盛り込んだ本作は、同年秋から文芸誌で連載された。
吉村さんが知人の薦めで初めて村に足を運んでから50年余り。当時、在来線や車を乗り継いで東京から2泊3日もかかる陸の孤島に、吉村さんは取材メモも持たずに、毎年のように通った。〈どうしてあなたはこういう不便なところが好きなの〉-。小説の推進力となるのは、夫へのそんな問いかけだ。震災後に訪れた村では、海岸近くにあった建物はほとんど失われていた。一方で、鵜の巣断崖から続くリアス式海岸の絶景は以前と変わらぬ雄大さをたたえていたという。
「当時激務に疲れ切っていた吉村が、断崖の下で砕け散る波を見たことで生き返り、出世作となる小説の想を得た。あの絶景を見せたいがために、家族や友人たちを連れて行ったんですね」