常田健を軸に描く人間模様
最近、芸術界の「賞」にまつわる疑惑が世上を騒がせた。本書に登場する、「津軽のゴーギャン」とうたわれた画家、常田健(つねたけん)(当作品ではケン)は、その極北に位置する。常田は誰かに見せるためではなく、「生きている確証」をつかむために画作に没頭した。
本著は、その常田健をモデルにした小説で、画家の生涯をタテ軸に、パリ、東京、そして雪深い津軽で繰り広げられる恋や、人間の喜び悲しみが、美しく流れる文体で描かれる。
旅先のパリで、妻子ある実業家の男性と逢瀬を重ねる香魚子は、満たせぬ想いを抱きながら、親から譲り受けた銀座の画廊を経営している。
たまたま手にした画集で、ケンの絵を見て衝撃を受ける。茶褐色で描かれた働く男たちの肌や土の色。絵の中に「凝縮された生」の匂いを嗅ぎとり、浮遊するような自分の生き方に激しい焦燥を覚え、雪深い津軽に画家を訪ねる。
すると、150枚もの作品が、納屋の2階に無造作に置かれていた。しかも、いずれにも製作日が記されていない。主人公の絵は、すべて未完成なのだ。