【書評】『無念なり 近衛文麿の闘い』大野芳著 (1/2ページ)

2014.3.30 07:31

井家上隆幸・評

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 ■果敢に終戦工作に動いたが…

 「文麿の目指す政治は、あくまでも政局に左右されない良識の府であった。『皇室の藩屏(はんぺい)』たるものは、私情を捨てて理想国家の建設に邁進(まいしん)すべき、というものであった。/しかし政治の現場は、そのような理想論を容認する環境にはなかった。ここに文麿の置かれた現実と理想とが乖離(かいり)しはじめるのである」

 〈近衛文麿〉-天皇の最側近、五摂家の筆頭近衛家の主で、長身白皙(はくせき)の貴公子は、その〈乖離〉に挫(くじ)けず闘った。

 満州事変(昭和6年9月)から6年、12年6月、45歳の近衛文麿は首相となった。その1カ月余り後の7月7日起きた盧溝橋事件に端を発した戦火が中国大陸に広がるなか、和平の道をさぐるが軍の妨害で実らず。14年1月、日独伊三国軍事同盟締結の動きに反対して辞職。15年7月、第2次近衛内閣組閣、そして16年7月、第3次近衛内閣組閣。この間のエポックは大政翼賛会と日独伊三国軍事同盟、そして日米交渉。だが中国からの撤兵というアメリカの要求を陸軍が拒否し、天皇もこれを支持するに及んで、同年10月辞職、東条英機首相となる-。「文麿の悲劇の時限装置」の〈スイッチ〉を入れたのは、文麿とは明治45/大正元年、京都帝大で出会って以来の“親友”内大臣木戸幸一。

近衛文麿への愛惜と、木戸幸一への指弾を軸とした本書は、鮮烈な〈昭和史〉

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