幸二さんは香菜子さんの美大進学に、「美大に行くんだ。頑張ってね」と言うぐらい。美大では、親から反対されて入学してきた同級生も多かっただけに、すんなりと進学できたのはありがたかった。一方で、幸二さんが世間的に評価されている画家であることに初めて気づく。
「父が絵を描く人で、大学で教えていることは知っていたけど、私にとってはただのお父さん。教科書に父の絵が載っていても、友達も『幸二の絵が載ってるね』と言うぐらい。すごいと思ったことがなかった」
大学では「お父さんの力で入学したんでしょ」と陰口を言う子もいた。打たれ強い性格なので何を言われても平気だったが、自分でも「どこまで私自身の力が認められているんだろう」と悩むこともあった。幸二さんは国内の美術コンクールで審査員を務めることも多く、審査員でなくてもみんなが幸二さんのことを知っている。「絹谷」の名字のない雅号で応募することも考えたが、連絡先や本名を隠しての応募はできない。結局、大学時代、香菜子さんは一度もコンクールに出品しなかった。