東京電機大学では脳や肺の生体磁気学を研究。同大助教授だった38歳のとき、米マサチューセッツ工科大に留学した。帰国後、100分の1秒ごとに脳の動きを計測する国産初の超伝導量子干渉計を作ることを提案。国からの約60億円の研究資金で、企業と5年がかりでプロジェクトを成し遂げたこともある。陽気で友人が多く、頼まれた仕事は断らない主義だ。
博子さんは「私に学問に関心を持ってほしいという期待はあったと思いますが、具体的に言われたことはない。ただ、学会や学生とのゼミ旅行に同行させたのは少しは期待していたのかも」と振り返る。
「人の役に立ちたい」という思いの中、博子さんは父のような研究者になることを夢見て大学院に進学。磁場が生体に及ぼす研究のため、機器のメンテナンスや実験動物の世話などで毎日、夜遅くまで研究室に通った。
しかし、20代後半で婦人科系の疾患が発覚。研究か不妊治療かを迫られる。誠さんは「研究に専念したらいい」とアドバイスしたが、博子さんは子供を授かる可能性にかけ、28歳で妊娠。周囲に迷惑をかけないように妊娠を隠したまま研究や実験を続け、博士号取得後、長女を出産した。「妊娠を告げたときの父の悲しそうな顔は忘れられない。私が研究者の道を諦めると思ったのでしょう」