きょろきょろとホームを見渡すと、迎えに来てくれた知人ふたりの姿が見える。窓を叩いて叫ぶわたし。男性は驚愕した表情で何かを叫び、その隣りにいる女性は…お腹を抱えてゲラゲラ笑っている。列車は無情にも動きだし、ふたりの姿はあっという間に後方に飛び去った。
半ば放心状態で座席に戻ると、さっきは呼べど叫べど姿を現さなかった車掌が、こんなときに検札にやって来た。ご存じの方も多いだろうが、ヨーロッパの鉄道駅には改札口がなく、きっぷの確認をされないこともある。しかし車内検札で無賃乗車など違反が見つかると、高額な罰金を課せられる。
もし片道きっぷで乗り越していたら、この場面は車掌の胸先三寸。最悪の場合、罰金になっていたのだろうか。このときほど“フリーパス”に感謝したことはない。
「ドアが開かなくて降りられなかったのだけど」。乗車券ばっかり厳しく検査してさ。イヤミを含んで言うと、車掌はこう返した。
「だいじょうぶ。あなたはフリーパスをお持ちですから、これから引き返す分の運賃もタダですよ」
■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。ブログはこちら