「職務の中で可能な限り、境界を越えて仕事をしたい」という若林氏は、「カッティングに顔を出し、セリフを見ながら余計なことを言い、本読みの時に話を入れ替えた方が良いとも言って」作品に携わるスタッフに、自分の考えを知ってもらうようにしている。「修羅場の現場に酒やお菓子を持ち込むことも。そういうところに踏み込んで、人の温度を感じなら仕事をしたい」と話す。
今は専門学校にも音響監督を目指すコースがあるが、若林監督が業界に入った1980年代初頭はそうしたルートはなかった。若林監督の場合は、若い頃からアニメーション好きで、制作現場に出入りしているうちに関係者から誘われ、助手を務めた。いったん現場を離れて営業の仕事をしていたが、これを辞めた際に改めて音響制作会社から誘われ本職にした。
そこでは「見て習え」が基本で「質問すると怒られた」。運転手として送り迎えをしながら5年ほど仕事を見ているうちに、番組の選曲を任されるようになったが、どうしてその曲を選んだかを論理的に答えられないと「げんこつで殴られた」という。