離婚後に仕事を始めて必死に働いた。離婚当時、小学1年だった長男をがみがみと叱ることも多かった。面会に行くと、長男は楽しそうに遊んでくる。帰ってきたら、また叱る自分…。元夫から養育費は支払われていたが、苦々しい思いは消えなかった。
それが変わり始めたのは、長男が成長し、父親の欠点も冷静にとらえることができるようになった頃。「別れて暮らしていても子供にとってはルーツで、とても重要だった」と今では思っている。
ルーツを知らされないことは、子供にとっても禍根を残す。大阪府高槻市でひとり親家庭の子供への支援制度のある塾を経営する渡剛さん(26)は、父親の消息を知らされずに育った。高校3年のときに父親が亡くなり、初めて父親について知った。「自分のことをどう思っていたのか、話がしたかった」と渡さんは語る。家庭が困窮し、大学進学をあきらめていたが、父親の遺産で進学できた。「会ったことがないから美化できるのか、救世主的なイメージ」という。