片側空けの“文化”は関西発祥
わが子の質問に“お母さん”はどう答えるのだろうか。
「そうねぇ、お母さんが思うには関東に対抗意識があったんじゃない!『阪神-巨人』のようなものよ!知らんけど…」
鉄道会社のPOPとしてはなかなか斬新な展開だが、なるほど、さすがは阪神電鉄。「伝統の一戦」になぞらえるあたりは、球団を保有する鉄道会社ならではだ。
英国でいえば、ロンドンとマンチェスター、米国ならニューヨークとロサンゼルスの関係か。いずれにしても、“お母さん”は小声(小さな文字)で「知らんけど…」と付け加えているので、本当の理由は知らないようだ。熱烈な阪神ファンという設定だったのかもしれない。
エスカレーターの立ち位置が東西で異なる理由は諸説あり、江戸時代に武士が左側通行だった名残で関東は左に立つようになり、大坂(大阪)はそろばんを右手に持つ商人の町だったので、右に立つようになったという説も。“お母さん”は関東への対抗意識があったとの見方だが、実はエスカレーターで片側を空ける慣習は関西が発祥だった。
さかのぼること半世紀。阪急電鉄の梅田駅(現・大阪梅田駅)で1967年に「お歩きになる方のために左側をお空けください」と呼びかけたのが、その嚆矢(こうし)とされる。欧米諸国でも、右側に立って左を空けるのが主流とされ、3年後の大阪万博開催(1970年)を機に“片側空け文化”が全国に伝播していったという。その意味では、関西が関東への対抗意識から左右を逆にしたとの“お母さん”の見立てはあてはまらないが、POPのやりとりはまだ続く。
女の子は「ねえ、お母さん!いつまでこのアイキャッチ続けるの?」と、ここで“設定”から逸脱。母親も設定を逸脱して返答する。
「みんながエスカレーターで立ち止まるか、このアイキャッチの担当者が、悪ふざけして新開地駅長から怒られるまでよ」
逸脱の仕方も秀逸である。