「瑞穂&克也」が熱唱 永田町劇場でデュエットする反戦歌って… ♪死んでもいいから健康(憲法)が大事
野口裕之の軍事情勢「死んでもいいから健康が大事」という健康ブームへの皮肉を聞く。新聞業界には「原稿より健康(が大事)」なる「自虐フレーズ」もある。どちらも、倒錯に対する抵抗だが、永田町には倒錯に疑問を抱かぬ「他虐フレーズ」を公言する政治家がいる。社民党の福島瑞穂前党首(60)や民主党の岡田克也代表(62)は、緊急事態(対処)条項を欠く日本の欠陥憲法を放置し、国家存続や国民の生命を危険にさらす。「国家が滅び、国民が死んでもいいから憲法が大事」と、宣言したに等しい。自らの「危険思想」を棚に上げ、自民党が憲法改正草案に盛り込む緊急事態条項をナチス・ドイツの権力奪取過程にダブらせ、異様な執念で安倍晋三政権をおとしめている。
ナチスとダブらす緊急権
自民党案は、巨大規模のテロ・災害や侵略に遭った場合、一時的に首相が権限を強化できる規定で、国会の事前or事後の承認が必要だ。福島&岡田両氏は、国会運営に自信がないか、巨大危機に際し責任を免れたいのか。でなければ、以下にみる論理の飛躍は考えられぬ。
福島氏は1月19日の参院予算委員会でも、緊急条項で「内閣が法律と同じ効力を持つ政令を出せるようになるなら、ナチスドイツの国家授権法と全く一緒だ。許すわけにいかない」と述べた。岡田氏も1月15日のBS朝日の番組収録で「法律がなくても首相が政令で(国民の)権利を制限できる。恐ろしいことだ。ナチスが権力を取る過程とはそういうこと」と非難。収録後も記者団に「(独総統アドルフ)ヒトラー(1889~1945年)が政権を一旦取った後、議会を無視し独裁政権を創った」と語った。
自身の妄想を膨らませ→妄想におびえたフリをし→批判する。マッチポンプとはかくなる“論法”を指す。確かに、当時の独憲法は《国内で公共の安全・秩序に著しい障害が生じ、またはその恐れがあるとき、大統領は公共の安全・秩序維持に必要な措置を採れる》と定めた。ただ、大統領に許されるのは安全・秩序回復の《行政措置権》だけで《立法措置権》の緊急命令権は含まれぬ。だのに独政府は緊急命令を含むと解釈し、小党乱立で議会の立法機能が不全に陥るや、緊急命令が議会の立法権に優先し乱発される。大統領の絶大な権力を悪用し政権掌握したのがヒトラーだった。断じて緊急権が危険なのではない。
仏で卓効、非常事態宣言
西修・駒澤大学名誉教授(75)によれば、1990年以降制定された102カ国の憲法全てに緊急事態条項が設けられている。ナチス台頭の深い反省の上に練られた現行独基本法(憲法)でも緊急事態条項は担保された。ドイツと並ぶ欧州民主主義国の雄フランスも、2015年11月13日夜のパリ同時テロで数々の権利を制限した。制限内容を紹介する前に、仏政府が採った措置の概要を検証する。
テロ翌日の14日、仏大統領はテロが《イスラム国》の犯行だと断定し、12日間の《非常事態宣言》を発令した。16日の議会演説では、シリアで計画→ベルギーで組織→フランス人らが実行…との背景を明らかにした。この時点で168カ所の捜索で23人を身柄拘束。死亡した実行犯7人中4人の身元を洗い出した。さらに主犯を特定し、逃亡犯1人も指名手配する。早くも18日には主犯のアジトを120人で急襲し、銃殺や自爆で死亡した主犯ら2人を除く7容疑者を拘束した。
一味はパリのビジネス街で次の大規模テロを計画しており、続けざまの大惨事を未然に防いだ功績は極めて大きい。功績の第一等は非常事態宣言である。まず、裁判所の令状をもらわず家宅捜索を実施した。通常の司法手続きでは、168カ所の証拠をそろえ、裁判所に提出せねばならぬ。その間に犯人は逃げ、第2・第3のテロをやる。司法上の逮捕ではなく、行政上の予防的拘束は不可欠だった。宣言後、3週間弱で2200カ所を捜索し、260人以上を拘束した。通信傍受はじめ飲食店や劇場など人の集まる施設を封鎖し、デモや集会も禁じた。実際、15年11月末に始まった国連気候変動枠組み条約締約国会議に合わせ、デモを予定した環境活動家も外出禁止に。大統領は宣言の発動や延長の条件をより柔軟にする憲法や関係法令改正に積極的で、一層現実的な私権制限を熟考している。
非常事態宣言は15年11月に3カ月間延長され、2月3日の閣議で5月末まで3カ月間再延長する方向だ。驚くべきは、イスラム教預言者ムハンマドの風刺画が刊行されるほど自由・個人主義を尊重するフランスで、宣言延長への支持は91%に達する。いわれなき暴力による惨禍に、思想の左右を問わず怒りの声が国中を席巻したのだ。
東日本大震災でも逡巡
しかし、日本の左翼政党・メディアには人ごとで、テロに怒らず、改憲の動きを怒る。改憲させまいと持ち出すのが「緊急時の対応は既に災害対策基本法や国民保護法などで定められている」との“理屈”。「憲法のためなら死んでもいい」と信じる?人々が住む国で、この“理屈”は屁理屈。東日本大震災(11年)直後、現地では水/食料/ガソリン…、生活必需物資が圧倒的に不足した。そこで災害対策基本法が認める《物資の統制》に向け、法律と同等の権能を有す《緊急政令》を発出せんとしたが、菅直人内閣は躊躇(ためら)った。「国会が閉会中でなかった」と繕うが、本当の理由は内閣府参事官が以下の主旨を答弁している。
「憲法で保障された(経済取引の自由や財産権に象徴される)国民の権利や自由を安易に制限するわけにはいかない」
法律で《権利・自由の制限》が担保されても、憲法に根拠規定がなければ“違憲”とされる可能性があり、緊急権発動は難しいとの判断だ。判断に従うなら、緊急権発動は改憲が大前提なのに、そっちも事実上「ご法度」だという。これでは、災害対策基本法を参考に、大規模テロ発生時、内閣が期間限定で緊急政令を発令できるよう《テロ対策基本法》を制定しても、効力を発揮しようがない。
死者5098人を出した伊勢湾台風(1959年)に慌て、災害対策基本法を制定したごとく、福島&岡田両氏はテロ後に重い腰を渋々上げるのだろう。それとも、テロリストとの話し合いにノコノコ赴き、オレンジ色の囚人服を着せられ、斬首されても憲法が大事!?(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)
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