お気に入りのトランク
我が家の階段の脇には、いつも旅行トランクが置いてある。
奮発して買ったそのトランクは、あまり他では見かけない深い緑色。革のベルトがいい味を出していて、私のお気に入りだった。それに、そのまま部屋の片隅に飾っても通用するだけの世界観があるお陰で、いちいち旅行のたびに納戸を引っ掻き回さずに済むので、非常に助かっていた。
その日もトランクは階段の隅にきちんとあった。私の目を引くようなものは何もなく。だが、郵便物を手にした私は足を止めると、少し離れて深緑色のトランクを眺めた。ふーむ。そろそろ、ずっと禁じていた〈あれ〉をやってもいいかもしれない。
書斎に戻った私は、抽(ひ)き出しの奥から小さな紙製の袋を持って来ると、中身を引っ張り出した。それは二枚のステッカーだった。一つは小さな島の周りにもくもくと雲のようなものが浮かんでいるステッカー。もう一つは、白いヨットの形。私は立っていたトランクを床に寝かせると、ああでもないこうでもないとそのステッカーを貼り付ける位置を検討し始めた。せっかく仕事をしながら飲もうとコーヒーを淹れたばかりだったのに。