ザビエルは、出会いから2年後、ヤジローを伴って鹿児島を訪ね、日本にキリスト教を広めた。
インドを拠点にしていたザビエルは1545年、マラッカ川の河口に初めて下り立った。ポルトガルがイスラムのマラッカ王国を破った後だ。
貿易風を利用して、帆船がインド洋や南シナ海を往来できる利点が注目され、マラッカは東西文明の十字路として列強が押し寄せる布教と東方交易の「最前線」だった。
マレー半島で産出された香辛料や木材が、約40キロのマラッカ川を舟で下って運ばれた。
中国上陸目前で死去
中国、中東、ポルトガル、インド、東南アジア…。チンは「半島の『富』を運んだマラッカ川の河口や沖合には、多くの交易船が集った」と往時のにぎわいを話す。
布教に生涯をささげたザビエルにとって、マラッカは希望の地だったが、失意も味わった。