「自分のことはいいから」と
だったら、その単純さを利用しない手はないだろうと考えたのだ。そして、もはやとっくに言葉でなく音としてなじんでしまっている「おはよう」「いただきます」「おやすみ」等のあいさつを、すべて「自分のことはいいから」に置き換えてみたらどうだろうか、と目を付けた。せっかくだから、あの余っているスペースを利用してしまおうという、飛行機にスポンサー広告が描かれているのと同じ発想だった。
そうして、とにかくあいさつ代わりにつぶやいた。起きれば「自分のことはいいから」、食べては「自分のことはいいから」、食べ終わっては「自分のことはいいから」…。運動選手が何も考えなくなるまで同じ動きを反復しつづけるように、私も自己犠牲の精神を深い部分へ植え付けようと、事あるたびに口にしたのだった。
すると、当然のように言葉そのものの意味が崩壊した。
「ジブンノコトハイイカラ」
「ジブンノコトハイイカラ」
「ジブンノコトハイイカラって、どういう意味だっけ?」
それでも問題ない。私の頭は理解していないかもしれないが、潜在意識の奥深くにはきっと届いているはずだった。