日本の職人はすごい
まっすぐに、淡々と。抑えた筆致は、ストイックにものづくりに臨む登瀬や吾助の生き方にも通じる。「工芸って、自分との戦いです。仕事場という同じ空間にいるんだけれど、自分自身の肉体や考え方はどんどん進化していく。人に褒められたいとか、外部からの評価を求めてやるわけではない。自分自身の中に尺度があるわけです。特に、櫛なんて、代々受け継がれて…というものではなく、日常の中で使われ、消えていくものです。でも、それを当たり前のこととして、地味だけど、一つのことを妥協せずに続けていく。それが日本の職人さんのすごい所だと思います」
物語だけあればいい
ひたむきに自らと向かい合う“職人”の姿に、自身も力をもらったという。「足かけ4年かかった作品ですが、その途中で直木賞をいただいた。どうしても、賞をもらうと物語よりも作家自身が前面に出てしまう。すごくありがたいことなんだけれど、当時は『私のことはいいから、もうちょっと物語を読んでほしいな』というつらさがあった。そんな中で、登場人物たちのストイックさに、自分自身も書きながら励まされました」