首相は前日の18日にも、官邸に萩生田光一(はぎうだ・こういち)総裁特別補佐を呼び、「都政が混乱している。首相としても心配しておかないといけないので、情報収集をしてほしい」と要請。猪瀬氏の辞職を念頭に事実上の候補擁立作業を指示していた。「首相が猪瀬氏を辞めるように促していると国民に思われてしまう」と政府高官が危惧するほど、首相は都知事選の動向に神経をとがらせていた。
首相が都知事選対策に躍起になるのは自民党の推す候補が負ければ、首相ら党執行部の責任問題が浮上するからだ。支持率が下降し、求心力の低下も避けられない。続く4月の消費増税でさらに支持率が低下すれば、首相の掲げる重要政策の一つである集団的自衛権の行使容認に向けた環境づくりが進まない可能性がある。
そもそも、過去の都知事選は自民主導で擁立した候補の敗北が目立ち、「政党選挙の鬼門」(党幹部)として恐れられてきた。例えば1991年の選挙では当時の小沢一郎幹事長(現・生活の党代表)が元NHKキャスターの磯村尚徳(ひさのり)氏を擁立したものの敗北。小沢氏は幹事長を引責辞任した。
また、95年の選挙で自公両党は、当時の社会党など3党とともに石原信雄元官房副長官を擁立した。組織票では圧倒的優位に立ったものの、タレント出身で知名度に勝る青島幸男氏に惨敗してしまった。