ヒップホップグループが自分の曲で政治的メッセージを紡ぎ出すことは、取り立てて珍しいことではない。ただ、MCの担い手がアラビア語を話す中東・パレスチナ在住の若者たちとなれば、事情は違ってくる。シリア人の父とパレスチナ人の母を持ち、米国で生まれ育ったアラブ系米国人、ジャッキー・リーム・サッローム監督が手がけたドキュメンタリー映画「自由と壁とヒップホップ」は、パレスチナのヒップホップムーブメントに初めてスポットを当てた作品として興味深い。作品の“PR”で来日したサッローム監督は「世界の人々がアラブ人に抱く固定観念、特に9・11(米中枢同時テロ)以降、急速に広がった『テロリスト』『野蛮』『怖い』といったネガティブなステレオタイプをこの映画を通して払拭したかった」と力を込めた。
パレスチナの若者の姿
1990年代の後半、イスラエル領内にあるパレスチナ人居住地区で史上初となるパレスチナ人ヒップホップグループ「DAM」が生まれた。仏紙「ル・モンド」が「新世代のスポークスマン」と紹介したイケメンの3人組は、アラビア語ラップの先駆者だ。本作では、占領、貧困、差別に疲弊し生きる意味を見いだせなくなった若者たちに夢を語り、パレスチナ人としての誇りを取り戻させようと奮闘するDAMと、彼らの影響を受けたグループたちの姿が、スタイリッシュな映像とともに描かれている。