インド・ナガランド州インパール【拡大】
独立に寄与
インドは親日国だ。天皇皇后両陛下の昨年のインドご訪問は温かく迎えられた。昭和天皇の崩御でインドは3日間の喪に服し、インド国会は広島原爆忌の8月6日に毎年黙祷(もくとう)をささげている。
極東国際軍事裁判(東京裁判)では、インドのパール判事が1948年、被告全員を無罪とする判決を書いた。49年には、首相だったネルーが日本の子供たちを励まそうとゾウのインディラを上野動物園に贈ってくれたエピソードもある。
親日の背景には、アジア解放を掲げた大東亜戦争がある。インドは47年にイギリスから独立したが、それに最も寄与した国は日本だった。
44年3月、ビルマ(現ミャンマー)方面の日本軍はインパール作戦を開始したが、インド国民軍(INA)6000人が加わっていた。多大な損害を出した無謀な戦いとの文脈で語られる作戦だが、「自由インド」「デリーへ」が合言葉のインド解放を目指す戦いでもあったと知る日本人は今、どれだけいるだろうか。
日本は、マレー・シンガポール攻略戦で捕虜にした英印軍の兵士に呼びかけ、INAの編成を図った。兵力4万5000人のINAを率いたのは自由インド仮政府首班になった独立運動家のチャンドラ・ボースで、日本はアンダマン、ニコバル両諸島を領土として贈った。