2013年3月10日、宮城県石巻市の市立湊小学校で開かれた演奏会に出席した佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏(右から2人目)。被災地のための鎮魂曲が、初披露された(地主明世撮影)【拡大】
もちろん、音楽はそれを好む人が楽しむものであり、どのような経緯で作られていようが、作品としての価値とは関係がない。高橋氏もその曲がいいから選んだとテレビインタビューに答えていたが、それでいい。
しかし、「メディアと社会」という視点で問うべき問題は、作品に別の作曲者がいたことを「知らず」に、NHKが5年をかけて取材したNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家~』を昨年(2013年)3月に放映したほか、民放も基本的に「感動」を売る番組作りをビジネスとしてきたことである。さらには、週刊誌が代作を暴露するまで、放送局や新聞といった大手メディアは、「知らずにいた」ということも問われる。
NHKは、本人の代理人が代作を認めると、「放送当時、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした」と釈明した。しかし、5年も取材して気づかなかったというのは、放送法で「公共の福祉に資する」ことを義務づけられている「公共」放送局として、その責任は免れない。