9人目の女を歌った「窓」という曲の歌入れに鋤田さんが訪れた。窓に登場するのは初恋に焦がれる少女だ。2階の右から3番目の窓を見上げ、そこに暮らす青年へのひそかな恋心を歌う。録音ブースにマイクを立て、それを挟んで鋤田さんと向かい合う形でレコーディングが始まった。歌入れの時に、同じブースの中に人が居るという経験は初めてだったが、鋤田さんなので全く心配いらないなと思った。撮影が始まると、鋤田さんはカメラそのものになってしまうことを知っていたから。歌い出すと同時に、鋤田さんの気配がすっと消えた。そして私は恋する少女になる。言葉を交わしたことも、体に触れたこともない青年に思いを寄せ、彼が暮らす部屋の窓を見上げて思うのだ。あの部屋に射(さ)しこむ西日になりたい、と。やわらかく彼に寄り添って、その体をあたためてあげるのに。包み込むようなギターとバイオリンの音に導かれ、声帯よりももっともっと深い場所から声が出てくる。あの窓に届け。あの人に届け。