巨大台風で甚大な被害を受けたフィリピン・パラワン州クリオン島では、3カ月後の2月時点でも、倒壊したままの家屋がいたるところに残されたいた=2014年(宮城学院女子大学_有志学生記者、作間温子撮影)【拡大】
「HOPEプロジェクト」と名付けられた派遣事業の第一陣は(2014年)2月11~20日の9日間の活動に19人が参加した。日本から首都マニラまで5時間、さらに国内線で南へ1時間のパラワン州のブスアンガ島から小さなボートに乗り込み、クリオン島を目指した。
家屋修復進まず
クリオン島は3カ月経過した2月の時点でも、多くの家屋が破壊されたままになっており、修復が急務だった。この島は、アメリカ統治時代の1906年にハンセン病療養所が作られ、フィリピン全土から患者が集められた歴史がある。一時は世界最大規模の7000人もの患者が隔離され、日本の瀬戸内海に浮かぶ長島(岡山県)に30年に設置された「国立療養所長島愛生園」は、クリオン島の療養所がモデルになったという。
家族と引き離され、強制的にこの島に送られた人たちは、どんな思いで生活していたのだろうか。