今夏。調べてみた。戦争体験をまとめた「孫たちへの証言第7集」(新風書房)に塩塚機の出撃が記されていた。
終戦翌日。8月16日午後2時15分。朝鮮半島南端の鎮海航空隊。塩塚中尉は飛び立った。いったん、上昇する。その後、超低空で飛行。別れを告げるかのように翼を振り、北に向かった。雲のなか。消えた。指揮所は慌ただしく僚機に追跡を命じた。だが、行方はわからない。まもなく、塩塚機から電信が入った。
「我 唯今ヨリ単機デ ウラジオ艦隊攻撃ニ向ウ」
戦争末期。ソ連軍は突如、大軍で南下してきた。弱体化していた日本軍は惨敗。民間人も悲惨な目にあった。青年将校は一矢報いようとしたのか。
8月15日付けの遺書が見つかった。人間本来無一物ナリ。(中略)雲来タリテ雲去リ マタ還ラズー。
覚悟の出撃だった。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)
■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。