1枚の写真がある。幕末に撮影された。凛々(りり)しい若者。切れ長の目。眼光は鋭い。腰に刀。右手に陣笠(じんがさ)。陣羽織をはおる。出陣前のようだ。
請西(じょうざい)藩(千葉県木更津市)の青年藩主、林忠崇(ただたか)。
彼は脱藩し、戊辰(ぼしん)戦争を戦った。脱藩とは、志を果たすため、藩の束縛を断ち切ること。坂本龍馬のごとく。なぜ、藩主自ら…。
謎を追ってJR内房線の電車に乗り込む。南下する。木更津市郷土博物館金のすず。稲葉昭智学芸員(50)と会った。にっこり笑っていった。
「はい。確かに林忠崇は脱藩し、命がけで戦いました。わたしは、世の中に1人、こういう人物がいてよかったと思います」
1868(慶応4)年、新政府軍は箱根を越え、江戸に進軍してきた。諸藩は次々に恭順の意を表していく。
だが、林忠崇は決断する。徳川家に忠義を尽くすため、戦う。脱藩した。徳川家や請西藩が後難を受けないようにとの配慮からとみられる。
請西藩は1万石の小藩だった。どうして強大な新政府軍に立ち向かおうとしたのだろうか。