ならば、今度は自分が礼を述べる側の立場だった場合はどうだろう。何も考えずに、みんながお礼を言っているからと、自分も便乗してしまったとき。ここで言っとかないとひんしゅくを買うかもなあ、とか、嫌われたくないなあ、という程度でスタンプを送ってしまったとき。そういえば私は「ありがとう」と言ったけど、あまり幸せじゃなかったような気がする。心が豊かになるどころか、スカスカになっていたような…。
オートマティックに要注意
考えてみると、ポジティブな部分が過剰に引き出されるのは、考えものかもしれない。私が海外でなら安心して「Thank you」を連発できるのは、本当にお礼を言いたくて言っていることが、しみじみ実感できるからなのだ。LINEのやりとりはスピードが速いから、うっかり気持ちより先に指が動いてしまう。とりあえず自分の「ありがとう」がオートマティックになっていたら要注意だ。そのために、あの背景の青空をどうにか曇り空にしてやれないだろうかと、私は本気で検討中である。(劇作家、演出家、小説家 本谷有希子、写真も/SANKEI EXPRESS)
■もとや・ゆきこ 劇作家、演出家、小説家。1979年、石川県出身。2000年、「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。07年、「遭難、」で鶴屋南北戯曲賞を受賞。小説家としては短編集「嵐のピクニック」で大江健三郎賞、最新刊「自分を好きになる方法」(講談社)で、第27回三島由紀夫賞を受賞。