子供のころに読みふけった本というのは、その後も心の底にじっと残って、自分の基礎を作ってしまうところがある。私の場合、それが2月に89歳で亡くなった松谷みよ子さんだった。1969年に書かれた『ふたりのイーダ』を読んだときの静かな衝撃は、子供の気持ちを揺さぶり続けた。
テーマは原爆ながら、歩くイス、洋館、日めくりカレンダー…と出てくる人、モノはファンタジーのよう。それなのに底に流れるのは、哀(かな)しみと死。静かな形で死をまとった物語は初めてで、戸惑いながらひかれた。
『ふたり-』の挿絵を描いた司修さんは、産経新聞に掲載された松谷さんへの追悼寄稿で「児童文学に『死』をもちこんで、少年たちと共に語りあう場を示された」と書いた。そう、子供にとっては、死を語る人も場もなかったのだ。死はタブーだった。私は松谷さんの物語で死と生、そして戦争を学んだ。
松谷さんは静かに闘った人だ。物語は声高ではなく、居丈高でもなく、静謐(せいひつ)で、落ち着いていて、それなのに、いや、だからこそ、すっと読者の心に忍び込んでくる。