「がんばれや」。見送りに来てくれた明るい叔父が別れ際、そんな言葉をかけてくれたことを今も忘れない。
昭和19年、ハルビンの鉄道駅。家族と日本に引き揚げたAさんは、これが叔父との最後の別れになるとは思いもしなかった。ハルビンで暮らしていた叔父は翌年の終戦直後、ソ連軍に連行され、日本の地を踏むことなくこの世を去ったとみられる。
つらい別れを経験したAさんはいま、77歳。都内の喫茶店で6月、「叔父が大好きだった」と振り返った。
当時有効だった日ソ中立条約を破って20年8月、対日参戦した独裁者スターリンのソ連は、満州などで日本軍将兵や軍属、一般人らをシベリアやモンゴルなどの収容所に2~11年間にわたり抑留した。その数は実に57万人以上。約5万5000人が寒さや飢え、強制労働による衰弱、病気などで死亡した。いわゆる日本人抑留問題だ。
ハルビン周辺で19歳の時に終戦を迎えたという朝鮮系ロシア人の男性に取材したことがある。物心つかぬうちに両親とソ連のウラジオストクからハルビンに渡り、日本軍が入ってきてからは日本語学校に通ったため、日本語を覚えたという。