夏の日曜の昼下がり、共和国広場前を自転車で通り過ぎるパリっ子たち。自転車のかごに収められたバゲットが光景に自然と溶け込んでいるように、フランスパンはパリっ子にとって決して欠かすことができない活力の元だ=2015年6月7日、フランス・首都パリ(AP)【拡大】
フランス革命(1789~99年)の前夜、王妃マリー・アントワネット(1755~93年)は、食べるパンがないと民衆がパリでデモ行進を始めると、「パンがないのなら、ケーキを食べたらよろしいのに」と語ったとされる。そのパリでこの夏、革命期以来実に225年ぶりにパン不足に見舞われている。オランド政権の規制緩和策の一環で、今年から、首都のパン店が自由に夏のバカンスを取れるようになり、8月に休業が集中してしまったためだ。一軒もパン店が営業していない地区も多数存在し、日本人が主食のコメにこだわる以上においしい焼きたてのフランスパンに執着するパリっ子たちの不満は、爆発寸前だ。
1790年から休業管理
「パリは何というグロテスクな様態をさらしてしまったのでしょう。ある程度の混乱は予想されたが、ここまでひどいとは…」。フランスパンに関するブログを立ち上げているレミ・エリュインさんは仏メディアにこう語った。
パリでは昨夏まで、約1100軒あるパン店のうち約600軒が、市当局によるバカンス取得管理の対象店になっていた。市当局が7月と8月に2~3週間の休業をこれらの店に、年ごとのローテーションで強制的に割り振っていたのだ。どの地区でも常時、半数以上のパン店が営業している状態を確保するための制度で、休暇を取るパン店は店頭に「近所で開店中のパン店の住所」を明記した貼り紙をすることも義務づけられていた。許可日以外に休んだり、貼り紙義務を怠ると1日当たり11~33ユーロ(約1500~4500円)罰金が科せられるため、違反店は例年十数店にとどまっていた。