東京・築地の東劇内に設置された“伝説の女優”原節子さんの献花台の前で手を合わせる女性ファンら=2015年11月26日午後、東京都中央区(寺河内美奈撮影)【拡大】
原さんは、ある対談で「私は終戦の年まで女優というものを職業として、それほど意識していなかった。素人と同じだったわけです。ですから、カメラの前で芝居をするっていうのは、とても恥ずかしくって…」と振り返っていた。
「晩春」以降、小津映画には欠かせない女優となった。しかし、62年の「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」が映画での出演最後となり、翌年に死去した小津監督の通夜に訪れて以降、メディアにも顔を出さなかった。“伝説の大女優”として世代を超え、映画ファンのあこがれの対象だった。
遺志尊重「元気です」
神奈川県鎌倉市内の自宅敷地内の別棟で暮らしているおいの熊谷久昭さん(75)によると、原さんは8月半ばに暑さのため体調を崩し入院。9月に親族5人に看取られて息を引き取った。
「静かにしておいてほしい」という原さんの遺志を尊重し、10月に週刊誌の記者が自宅を訪問した際も「都内で入院中」とコメント。死去が明らかになったのは「原さんの親戚(しんせき)筋が喪中はがきを出したことがきっかけらしい」(関係者)という。しかし、今月25日夜の電話取材に親族は「(原さんは)元気です」と答えていた。