東京・築地の東劇内に設置された“伝説の女優”原節子さんの献花台の前で手を合わせる女性ファンら=2015年11月26日午後、東京都中央区(寺河内美奈撮影)【拡大】
出演「毅然と」断る
原さんは生前、料理や洗濯も自分で行い、元気に暮らしていた。本や新聞もよく読み、頭はしっかりしていたという。80代の頃は散歩にも出掛け、おいが運転する車で外出するなどしていた。90歳を超えてからは足が弱くなり、庭を散歩する程度だった。ただ、本人は「100歳まで生きるつもりだった」という。
その一方で、原さんのガードは非常に堅かった。松竹関係者の話では、「これまでに何度かOBのルートを使って出演依頼をしたが、断られた。原さんは本当に難しかった」という。
松竹の元プロデューサーで、小津監督作品を多く手掛けた山内静夫さんも「私が本を書く際、ご登場をどんなにお願いしても『済んでしまったことですから』と、絶対に表に出ようとせず、その点はとても毅然(きぜん)とした方だった」としている。(SANKEI EXPRESS)