でも、実在の人物を描く際に気をつけなければいけないのは、役者の存在が出過ぎてはいけないことだと、わたしは思うのです。もっと言えば、ファスベンダーの名前もウィンスレットの名前も消えたとき、観客が忘れたときに、はじめて成功なんじゃないかと…。だって画面に映ってなきゃいけないのは、記憶に残るべき人物は、スティーブ・ジョブズなんですから。そして見終わった後、遅ればせながらキャストの名前を思い出し、「そういえば、ファスベンダーがジョブズを演じてたんだよね」と…。実在の人物を演じた役者にとって、これ以上の褒め言葉はないと思います。
ひとりでは作れない
特殊メークを含むメーキャップも見事な仕事ぶりでした。こちらもキャスト陣の演技同様、過剰なメークは施していないんです。こうして振り返ってみると、プロデューサーと監督を筆頭に、隅々のキャスト、スタッフにまで意思疎通が取れていたんじゃないかと…。だからこそ、大仰な作り物のエンターテインメントにならず、絶妙なバランスの中で人間の心の機微を描くことができたのではないかと…。映画はひとりでは作れませんからね。何十人もの人々の「手」を借りなければ成立しない。