「ファンクラブの方々と話をするなかで、4、5年前から頭にあった。ただ、もちろんいろいろとハードルはあった。『本当に出していいのか』『本当に皆さんに受け入れてもらえるのか』と悩んだ。国内のこんなにきれいな路面を走らせるのに、70の価値が本当にあるのかという疑問があった。だが、どんな場所でも車の魅力はお客さんが体感できるはずだと考えた」
--小鑓さん自身のランクル70に対する思いは
「私が入社したのは1985年。この車の発売は84年だ。ちょうど入社したときにこういう車が世に出て、『ああ素晴らしい車だな』と思いながら、会社人生の3分の2はランクルに関係した仕事をしてきた。でも、10年前に一度“切る”ことになった。環境問題などの背景があったとはいえ、メーカー側としてもずっと売ってきたなかで大変心苦しい決断だった。僕のいる間に戻したいという思いが、ずっとあった。国内で永遠に売っていくことはできないが、限定車という形でも復活させることができてよかった」
小鑓貞嘉(こやり・さだよし) 1985年トヨタ自動車入社。シャシー設計部でハイラックス、ランドクルーザープラドのサスペンションを担当。96年に製品企画部門に異動し、ダイナのフルモデルチェンジに携わり、2001年からランドクルーザー、タンドラのプラットフォーム開発に従事。07年からランドクルーザーのチーフエンジニアとして開発を指揮。大学時代に自動車部で始めた国内ラリー競技の魅力にはまり、トヨタ自動車に入社後も含め17年間参戦。京都市出身。